まぐログ!全力犬暮らし

現在18歳、ご老体ながらに元気に過ごすミックス犬まぐろさんとの生活を通して、老犬との付き合い方、老犬の健康管理などを勉強し、犬の世界の高齢化を幸せに乗り切ろうという記録です。

愛犬のトレーニングをする前に知っておきたいこと〜犬らしさとはなにか〜

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犬を厳しくしつけるのが苦痛だと言う人は近年増えてきたように思います。
犬と暮らす人のほとんどは犬を殴りつけたり、電気ショックを与えたりして、苦痛を与えてしつけをすることをしたくないと思っていらっしゃるでしょう。

こういうと、「犬を甘やかしたら犬のためにならない!」とか、極論を言う人がぼちぼち出てくるのですが、犬はほかの野生動物と違って、人間と暮らすために生まれたと言っても過言ではないという研究結果が近年では出ています。

犬は生まれた時から人間と暮らすために存在するのです。
忘れたのは我々のほうです。

犬はぬいぐるみでもなければ、道具でもありません。
そして、人間の子供でもありません。
犬は犬として犬らしく人間の相棒として生きるために生まれた生き物なのです。

 

犬は生まれた時から人間が必要

最初に犬という生き物が生まれた時、犬はオオカミとしては生き抜く事が困難な遺伝的な欠陥のあるオオカミでした。

野生では重大な欠陥のある、攻撃性が薄く、自然界では生き抜くことのできない個体が、人間という自分たちと同じように集団で生き、道具を使う生き物と出会い、人間の傍で彼らのおこぼれに預かる事で生きることを覚えました。

その時、彼らは、まだ自然界で生き抜くことのできない弱いオオカミでした。

この時はまだ、ホオジロザメのお腹にくっついているコバンザメのような存在でありましたが、幸い人間は学習し、道具を使う事で進化して来た生き物でした。

人間の傍で暮らすオオカミは、だんだんと自然界で遺伝的欠陥のあるオオカミが増えていたはずです。
そのオオカミ同士が繁殖し、遺伝的な欠陥は色濃くなったのだと考えられます。

彼らは攻撃性が薄くフレンドリーでした。
イヌが人懐こくなった理由は「難病遺伝子」に | ナショナルジオグラフィック日本版サイト

やがて人間は、彼らが危険を知らせ、狩りの手伝いをしてくれる強力な相棒であることを知ります。

犬と人間は協力し、オオカミや他の種の人類との生存競争に打ち勝って来たのです。

犬は最初から人間の相棒となるべくして生まれた生き物でした。

人間と犬は運命的な出会いを果たしたのでした。

犬は従来からフレンドリーな生き物

犬は人間と共に生きる動物として生まれたことは、徐々にわかって来たことです。

本来、人間の相棒として生まれた犬は、人間と協力して世の中を生き抜くことが存在価値であり、その関係は、結ばれた時から「福祉」でした。
どちらが上ということもなく、お互いにお互いの生活をより良く幸せに生きていくための協力関係でした。

生活の向上のためにお互いがお互いを選び、協力関係を結んで来たのです。

何故、犬が人間の相棒として選ばれたのか。
その理由の1つに、とてもフレンドリーである事がありました。

これは最近の研究で人間の難病疾患である、「ウイリアムズ症候群」と同じ遺伝子に欠陥があるからだとわかって来ました。

犬は、そもそもがフレンドリーで友好的な生き物で、我々人間にも友好的なのです。

そして、犬はその種が生まれた時から人間社会の中にあった可能性があります。

我々人間の社会というものの中に犬はその種が生まれた時から組み込まれているのです。

そしてその進化の中で、人間と協力し、人間のために働き、人間と共に暮らすための性質は磨かれていきました。

その何万年という関係をある日突然反故にされても、犬たちにとっては困惑する事でしかありません。

その事実を忘れかけている我々人間のほうが今一度、犬との関係を思い出す必要があるのではないでしょうか。

犬の問題行動とは人間側の都合

残念ながら我々人間の最強の相棒である犬は、人間ではありません。
しかし、犬は犬として人間と共に生きて来た生き物でもあります。

犬が犬らしくあるということは、犬が我々人間社会で生きていく上でなんの障害になることもないのです。

適切な協力関係を結べば犬は犬として人間社会で共同作業を喜んでします。

犬を使役しているという考えは人間側の都合で犬にとっては使われているという事ではありません。

犬は、人間がもたないすぐれた臭覚や聴覚、厚い毛皮や、鋭い牙といったものを人間のために利用し、共に生きることを目的に生まれて来ます。

人間の都合で見れば、このような動物は他にいません。
犬からしてみれば、人間は協力して社会を作る相棒であって、使われているという事ではないのです。

人間はやがて道具をもっと進化させ、社会の仕組みを進化させ、犬が補っていた役割は少しずつ必要なくなって来ました。

犬は犬らしく人間の役に立つという役割が徐々に失われてしまっているのです。
けれども、まだ人間は犬を相棒として傍に置くことを選択し続けています。

ですから、人間は「犬らしさ」を問題行動として捉えることが増えています。

従来は役に立つ能力であったものを、問題行動としていることが多々あるのです。

人間社会が進化している以上、犬と人間の関係も進化していくもので、そのために、「やり方」も進化しなければなりません。

この時代において昔ながらの「やり方」が果たして犬と人間の相棒としての関係にとって正解なのでしょうか。

我々は犬と相棒として生きるための「やり方」を考え直す時期に来ているのではないでしょうか。

大切なのは、犬が種として誕生した時から、人間の相棒であったこと。

永らく人間とともに進化して来た犬という生き物を、要らなくなったからといって見捨てたり、共に進化することを諦めたりして良いものでしょうか。