まぐログ!シニア

現在18歳、ご老体ながらに元気に過ごすミックス犬まぐろさんとの生活を通して、老犬との付き合い方、老犬の健康管理などを勉強し、犬の世界の高齢化を幸せに乗り切ろうという記録です。

愛犬の死の寂しさ悲しさは乗り越えるものでも取り除くものでもなく

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まぐろさんが逝ってしまって11/29で1ヶ月経ちました。

胸をぎゅっと絞られるような悲しみや、喉のずっと奥のほうが軋むような寂しさは、1ヶ月経ってもまだ時々母ちゃんを突然襲います。

それは突然フワッとやってきて、またフワッと去っていきます。

愛犬の死後、思い出と過ごした1ヶ月

この1ヶ月、母ちゃんはまぐろさんの思い出と過ごした気がします。

愛犬の死は、とても大きなダメージです。

そのダメージから回復するのはとても大変です。
ましてや、まぐろさんは他の子より長く介護を体験したのです。
母ちゃんの生活はほとんど愛犬であるまぐろさんを中心に回っていました。

 

愛犬の死から改めて「死」について考えました

母ちゃんは大事にしてくれた祖母のみならず、生みの母、育ての母ともに早くに亡くしました。
そしてまぐろさんが逝く前に、育ての父の死もありました。

ですので、身内の死というものには、言い方は悪いですが、ある程度の免疫があり、さらに身内の死をたくさん経験した事により、死にゆくものと残されたものの別れのマナーのようなものも身についていました。
少なくとも母ちゃんはそう思っていました。

ところが……
誤解などを覚悟で申しますと、まぐろさんの死は身内の死よりもダメージの大きいものでした。

母ちゃんは血縁という意味では、天涯孤独と言っても過言ではありません。

そんな母ちゃんの生活の一部であり、共に存った精神の一部であり、唯一無二の相棒を亡くした喪失感によるものだと思います。

まぐろさんには母ちゃんしか居ませんでした。
だから母ちゃんはいつもそれを意識して生きて来ました。

そして、いつのまにかまぐろさんは、母ちゃんという人間を構成する大きな構成要素の一つになっていたのだと思います。

誤解を恐れずに言うとすれば、ある意味、母ちゃんにもまぐろさんしか居ませんでした。

俗な言い方をすると、心に大きな穴が空いたような気持ちです。
何か身体の一部を失くしたような気持ちです。

愛犬の死が教えてくれたもの

まぐろさんの身体に触れられない寂しさや、もう二度とあの暖かさを感じることができないという悲しみは決して無くなるものでもないし、取り返しがつくものでもありません。

まぐろさんは人間の言葉が話せませんでした。
だから母ちゃんはいつもまぐろさんに聞きました。
「どうしてなの?」
その後のまぐろさんの動きや表情や声で色々な理由を考えてきました。
愛犬まぐろさんの死からしばらくして、母ちゃんは突然襲われた悲しみの中で、思いました。
「どうしてなの?どうして母ちゃんを置いていったの?」
その時です。
まぐろさんの生前から、母ちゃんの頭の中にいつも居た人間語が喋れるまぐろさんが現れてこういいました。
「母ちゃんは人間で、まぐろさんは犬だから。犬の寿命は短くて、母ちゃんよりも先に逝く事は分かっていたじゃない」

その時、母ちゃんは思いました。
まぐろさんはまだ母ちゃんの頭の中にいる!

これはわかりにくいかもしれませんが、スピリチュアルな話でもなんでもなく、現実の母ちゃんの意識の問題です。

母ちゃんはいつも物言えぬまぐろさんの言いたい事を観察し、想像しながら生きてきました。

して欲しいこと、して欲しくないこと、嬉しいこと、悲しいこと。
まぐろさんの行動や反応をみながら、まぐろさんの意思を汲み取って生きてきました。

だから、まぐろさんのこころはだいたいわかるようになっていたと思います。

母ちゃんが泣いていると、飛んできていっしょに悲しそうな顔をして話を聞いてくれました。
母ちゃんが寝坊すると、お水の器をひっくり返して起こしてくれました。

まぐろさんが居なくなっても、母ちゃんは寝坊してしまった時、「あ!まぐろさんにお水をあげないと!」と飛び起きたりします。

その時、母ちゃんの傍にはまぐろさんが居るのです。

愛犬の死の寂しさ悲しさは乗り越えるものでも取り除くものでもなく

今はまだ、寂しさのほうが勝ってしまうことが多いですが、まぐろさんと少しずつ関係を築いてきたように、その寂しさを少しずつまぐろさんとの新しい関係として築いていけたらなと思います。