まぐろさん
母ちゃんの大切な大切なムスメ、まぐろさん。
生まれて来てくれてありがとう。
そして、母ちゃんのところへ来てくれてありがとう。
まぐろさんとはじめて会った時、母ちゃんは犬を飼う気なんかあんまりありませんでした。
まぐろさんのおじいちゃんは犬と暮らす天才で、だから、おじいちゃんと離れて一人暮らしをはじめた時、母ちゃんは犬と暮らすことはもうないんだろうなって思っていました。
ちょっと見るだけのつもりでまぐろさんに会いに行ったけど、帰りの車の母ちゃんのヒザの上にあなたは乗っていました。
まぐろさん、最初にヒザの上から母ちゃんを見上げたあなたの影はとても薄くて、今にも消えてしまいそうで、今まで出会ったどんな犬よりも弱々しかった。
ちゃんと育つのかなって心配だった。
だけど、まぐろさん。
トイレもお散歩も、オテテちょうだいも、ゴローンも、マッテも、オスワリも、モッテキテも、あなたはあっという間に覚えちゃって、母ちゃんは調子に乗っていたのかもしれないね。
今考えたら、あなたがすぐに覚えたことはほとんどまぐろさんのおじいちゃんが犬を育てる時のやり方だった。
ある日から、あなたのイタズラは酷くなって、母ちゃんを悩ませた。
色んなものを壊して、何度か脱走もして、絵に描いたように母ちゃんは思っちゃった。
「こんなはずじゃなかった」
脱走してお兄ちゃんたちが探してくれた時も、事務所の棚を壊しちゃった時も、母ちゃんはとても恥ずかしく思ってしまった。
ごめんね。まぐろさん。
あなたほど賢い犬は居なかったね。
ある日、母ちゃんは、ふと、まぐろさんのおじいちゃんの言葉を思い出したよ。
「世の中にバカな犬は居ない。でも、バカな飼い主はたくさんいる」
ごめんね、まぐろさん。
母ちゃんは忘れていたんだ。
母ちゃんはバカな飼い主でした。
あなたが最後にした大きなイタズラは、母ちゃんのお布団をバラバラにして、自分の寝床にぎゅーぎゅーにつめた事だったね。
あれ、母ちゃん、笑っちゃったんだ。
そして、怒るより先にものすごい愛しさが溢れてきた。
そして、まぐろさんのおじいちゃんの言葉を思い出したよ。
しつけ本なんかぜーんぶ放棄しちゃって、「うちはうち!」って抱きしめた時から、あなたは母ちゃんのために、色んなことをしてくれた。
うるさく吠えなくなったし、ものも壊さなくなったし、母ちゃんが遊ぼっかっていうと、顔を輝かせておもちゃを持ってきた。
本当に立派な相棒だった。
子供にもみくちゃにされても、母ちゃんの顔をみて、「もういい?」って顔で我慢してくれたし、お兄ちゃんたちの前ではきちんとオスワリしてご挨拶してくれた。
まぐろさん。
母ちゃんの都合で引っ越しした時も、とても不安だったと思う。
滅多に入らなかった寝床に入ってお留守番をしてたもんね。
母ちゃんが一日中家に居る日、突然、思い出したように母ちゃんのヒザの上に登って、母ちゃんの顔にぎゅーって顔を押し付けた。
まぐろさん、ここが母ちゃんとまぐろさんの新しいおうちだよって。
やっと安心したまぐろさんが居た。
足が弱って、どうして動けないのかわかんなくなって。
それでもあなたは思うほどぐずらなかった。
母ちゃん、慣れなくて無理矢理痛い事もたくさんしてごめんね。
あなたが、階段が自力でおりられなくなった時、母ちゃんは思ったの。
「最後まで介護したい!早く逝って欲しいと思うような介護はしたくない!」
って。
寝たきりになって、本当に大変だったけど、一度もあなたを邪魔だと思わなかったことに、母ちゃんはとても感謝しています。
だけどね、まぐろさん。
あなたの身体が無くなって、その分、すごく寂しいよ。
あなたが良い相棒過ぎて、あなたがかけがえなさすぎて、母ちゃんはあなたの身体が無い世界をやっとやっと耐えています。
だから、ねえ、まぐろさん。
もう一度、母ちゃんのところに来てくれるかな。
まぐろさんの思う良きところで、まぐろさんの思う良き姿で、母ちゃんが犬の世話ができる良きタイミングで、もう一度、母ちゃんのところに来てくれるかな?
母ちゃんはもう一度だけ、まぐろさんと暮らしたい。