時事ネタや社会へのメッセージの強いもの。流行などをできればあまり取り上げたくない私、まぐろさんの母ちゃんでさえ、看過できないほどの未曾有の事態に世界が喘いでいます。
正確には、世界の「人間というもの」が喘いでいるのですけれども。
人間の社会の仕組みは、今回の事で変わらざるを得ないでしょうし、変わっていくのだと思います。
人々の悲鳴やイライラや、そこに生まれる疑心暗鬼やら、それによって生まれる隣人を見張り自分の正義で勝手に裁こうとするあり得ない驕りなんかを目の当たりにして、心が疲れないための「まぐろさん」という特効薬が、今の母ちゃんにはありません。
しかし、それから目を背けることもできない事態になっています。
転ばないように足元ばかりを見て歩く事に疲れてきたところ、まぐろさんを想い、空を見上げますと、なんだかまぐろさんと繋がっていることを心の底から感じ、そして、ちっぽけで何もできない自分が、それでもやはり、世界の一部として存在していることを理解するのです。
そして、空を見上げる時、嫌な感情や日頃の心の疲れが、足の裏からすーっと大地の中に消えてゆく感覚がします。
幸せだから笑うんじゃない、笑うから幸せになるんだ
まぐろさんの母ちゃんは長いことエンタメ業界におりました。
その理由はみんなの笑顔を見るのが大好きだからです。
笑顔が好きというよりも、みんなが笑顔になる時の、あのテンションの中に身を置くと、自分のテンションがとても上がり、幸福な気持ちが最大級に上がるのです。
決して高尚な理由があるわけではありません。
自分があの気持ちの良い瞬間の中に身を置きたいという手前勝手な理由で、母ちゃんは笑顔が大好きです。
脳科学的にも、哲学的にも、人間は幸せだから笑顔になるのはもちろんの事こと、笑顔でいると幸せを感じます。
笑顔のカタチは人間の脳のドーパミンの分泌を助け、幸せな気分になる事を助ける事が科学的にわかっています。
幸せな気分は、本当に自分の幸せを引き寄せるとうのは哲学でよく語られることです。
まぐろさんの母ちゃんは、そのドーパミンが出る瞬間のみんなから放出されるエネルギーの渦にさらされるのがこの上ない幸せなのです。
人間は笑顔になるから幸せになるのです。
ステージの高さが絶妙なエンタメだと、観客と同じ目線であるよりも幸福度満足度が高いという研究結果が出ています。
人間が上を向く時、口角は自然と上がります。
自然と笑顔のカタチができるのです。
ですから、上を向く時、人間は前向きで幸福な感覚になり、その気持ちが、本当の幸せを引き寄せるのです。
涙が溢れないように上を向く
上を向いて歩こう、涙が溢れないように
坂本九さんの「上を向いて歩こう」という歌の歌詞の中にあるフレーズですが、実際に涙を堪えるために上を向く人は多いようです。
物理的に、涙が溢れないように上を向くのはもちろんの事、上を向く事によって、笑顔のカタチを作れるので、ドーパミンが分泌される事により、楽しい思い出ばかりが頭をよぎります。
悲しい想いを抑える事にも、上を向くという行為は有効なのです。
ですから、上を向くことで、涙が溢れるのを堪えるというのは、根拠のない表現方法ではなく、本当に、悲しいことをいっとき抑える有効な方法なのです。
空を見上げると「繋がってる」と思える
外出中に上を向きますと、空が見えます。
これは当たり前の事のようで当たり前ではなく、室内や洞窟の中では得られない視界です。
上を向くというだけでも嫌な気分は抑えられるのかもしれませんが、「空を見上げる」という行為が、それ以上に素晴らしい感覚を与えてくれるという事を、まぐろさんの母ちゃんは知りました。
空は空間としてずーっと遠くまで広がっていて、それは全世界に繋がっています。
母ちゃんが今見ている空は、世界共通のものですが、「母ちゃんが見ている」という意味では母ちゃんの視点で切り取った空で、例えば、アメリカに住むお友達と全く同じではありません。
けれども、母ちゃんが空を見上げたその瞬間に、また世界のどこかで空を見上げた人がいます。
それは繋がっています。
そしてその空は、まぐろさんといっしょに見上げたあの時のあの空とも繋がっていて、だからまぐろさんとも繋がっています。
この広い広い空の下で、色んなものと繋がっていて、母ちゃんが他の誰かと本当に全く関係ないなんて事はあり得ないことです。
遠く離れた土地で、誰かのストーリーが紡がれている時、母ちゃんとまぐろさんのストーリーも紡がれていて、それはこの空を通して繋がっています。
部屋に閉じこもり、足元やテレビ画面やパソコンのモニターばかり見ていると、この感覚は味わうことができません。
部屋から出れなくても、窓を開けて空を見上げると、「繋がっている」と感じることができます。
こんな時だからこそ、精神的にも物理的にも上を向きませんか?